外来生物との共存を考える:学校で取り組む生態系学習と実践活動
はじめに:なぜ今、外来生物問題を学ぶべきなのか
身の回りには、本来その地域にはいなかったはずの生きもの、すなわち外来生物が増えています。オオキンケイギク、アライグマ、ブラックバスなど、ニュースや地域の話題として耳にする機会も少なくありません。これらの外来生物は、時に在来の生態系に大きな影響を与え、生物多様性を脅かす存在となります。
小中学校の先生方にとって、この外来生物問題は、単なる知識の伝達に留まらず、生徒たちが主体的に地域の環境問題について考え、行動するきっかけを与える重要なテーマです。本稿では、外来生物との共存を考える教育プログラムを授業に導入するための具体的なアイデアと実践例を紹介します。
外来生物共存教育の授業アイデア
外来生物に関する教育は、観察、探究、そして実践という段階を経て、生徒たちの理解を深めることができます。
1. 導入:身近な外来生物を知る(小学校中学年〜中学校)
まず、生徒たちが外来生物の「存在」に気づき、興味を持つことを目指します。
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活動例1:校庭や近隣での外来生物探し
- 内容: 学校の校庭や近隣の公園、通学路など、身近な場所でどのような植物や昆虫、鳥類などが生息しているか観察します。特に、図鑑や地域の情報で外来種とされている生きものに注目し、写真撮影やスケッチを行います。
- 準備: 事前に教員が地域の外来生物情報を収集し、観察に適した場所を選定します。図鑑(在来種・外来種が分かりやすく掲載されているもの)、観察シート、筆記用具、必要に応じて虫眼鏡やカメラを用意します。
- 手順:
- 外来生物の基本的な説明(「もともと日本にいなかった生きもの」など、平易な言葉で)を行います。
- 観察時のルール(生きものを傷つけない、安全に配慮するなど)を指導します。
- 班ごとに分かれ、観察シートに発見した生きものの特徴や生息場所、数を記録させます。
- 教室に戻り、発見した外来生物について発表し合い、共通の理解を深めます。
- 注意点: 毒を持つ植物や触るとかぶれる可能性のある生物(例:ウルシ、ハゼノキ)には触れないよう指導し、安全管理を徹底します。
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活動例2:地域の外来生物マップ作成
- 内容: 地域のハザードマップなどを参考に、生徒たちが調べた外来生物の生息情報を地図上にプロットし、学校周辺の外来生物マップを作成します。
- 準備: 地域の地図(大きいもの)、色鉛筆やマーカー、付箋など。
- ねらい: 身近な場所で外来生物がどのように分布しているかを視覚的に捉え、問題意識を持つきっかけとします。
2. 探究:外来生物が引き起こす問題(小学校高学年〜中学校)
外来生物の存在を認識した上で、それが引き起こす具体的な問題について深く探究します。
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活動例1:ケーススタディとディスカッション
- 内容: 特定の外来生物(例:アライグマ、オオキンケイギク、セイタカアワダチソウなど、地域で問題となっている種が望ましい)について、その生態や、在来種への影響、人への影響(農作物被害、感染症のリスクなど)を調査し、クラスで発表・議論します。
- 教材: 関連する動画(環境省や自治体のウェブサイト、NHK for Schoolなど)、ドキュメンタリー、新聞記事、地域のNPOが発行するパンフレット、専門家の講義動画などが有効です。地域によっては、外来生物対策に取り組む専門家を招き、話を聞く機会を設けることも検討します。
- 手順:
- 特定の外来生物をテーマに、グループで調査を行います。
- 調査結果をプレゼンテーション形式で発表します。
- 発表後、以下の点についてディスカッションを行います。
- 「なぜこの生物は外来種として問題になっているのか?」
- 「生態系にどのような影響を与えているのか?」
- 「外来生物が増えた背景には何があるのか?(人間の活動との関連)」
- 「私たちはこの問題に対してどう考えるべきか?」
- ねらい: 多角的な視点から問題の構造を理解し、外来生物問題が単一の原因ではなく、複雑な要因が絡み合って発生していることを認識させます。
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活動例2:外来生物と在来生物の比較学習
- 内容: 特定の外来生物とその類似する在来生物(例:ミシシッピアカミミガメとニホンイシガメ)を取り上げ、それぞれの生態や特徴、生息環境を比較し、外来生物が在来生物に与える影響を具体的に理解します。
- 教材: 図鑑、インターネット上のデータベース、専門機関(博物館、動物園など)の情報。
3. 実践:私たちにできること(小学校高学年〜中学校)
問題の理解を深めた上で、具体的な行動を通じて、解決に向けた意識を高めます。
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活動例1:地域の外来種対策活動への参加・協力
- 内容: 地域で実施されている外来植物の除去活動や、外来魚の駆除活動(魚釣り大会など)に、生徒たちがボランティアとして参加します。
- 準備: 自治体や地域のNPO、環境団体に事前に連絡を取り、連携体制を構築します。活動内容、日時、場所、安全対策、必要な持ち物などを確認します。保護者の同意も必須です。
- 注意点:
- 安全確保: 特に駆除活動では、危険を伴う場合があります。必ず大人の監督のもと、適切な服装や装備(手袋など)を着用し、専門家の指示に従います。
- 倫理的配慮: 外来生物を単に「悪者」と捉えるのではなく、「なぜ排除が必要なのか」という背景を理解させ、命への配慮も同時に伝えます。
- 法的側面: 外来生物法(特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律)についても触れ、無許可での飼育や放流が禁止されていることなどを説明します。
- ねらい: 実際に汗を流して活動することで、問題解決への主体的な意識と達成感を醸成します。
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活動例2:啓発ポスター・パンフレットの作成
- 内容: 外来生物問題の現状や、私たちができること(「飼っているペットをむやみに捨てない」「外来植物を植えない」など)をまとめたポスターやパンフレットを制作し、校内や地域の公共施設で掲示します。
- 準備: 制作材料(画用紙、色鉛筆、パソコンなど)、掲示場所の許可申請。
- ねらい: 自ら調べたことを表現し、広く伝えることで、問題への理解を深めるとともに、地域住民への啓発に貢献します。
授業を成功させるためのヒントと注意点
- 地域の専門家との連携: 環境教育NPO、地域の自然保護団体、自治体の環境部局、博物館、大学の研究者など、地域の専門家は実践的な情報や活動の場を提供してくれる貴重な存在です。積極的に連携を図ることで、授業の質を格段に高めることができます。
- 教材の準備: 図鑑、動画、ウェブサイト(環境省「特定外来生物同定マニュアル」、国立環境研究所「侵入生物データベース」など)を積極的に活用し、視覚的にも分かりやすい教材を準備してください。
- 安全管理の徹底: フィールドワークや屋外活動の際には、生徒の安全確保を最優先してください。活動場所の選定、服装、道具、救急用品の準備、事前指導を徹底します。
- 倫理的な配慮: 外来生物問題は「在来種vs外来種」といった対立構造で捉えられがちですが、本来は「人間活動が引き起こした生態系問題」という側面が強いです。授業では、外来生物をいたずらに「悪者」としないよう配慮し、命の尊厳や生態系全体のバランス、そして人間の責任について深く考えさせる視点を持つことが重要です。
まとめ:持続可能な共存社会を目指して
外来生物との共存を考える教育は、生物多様性の重要性を理解し、持続可能な社会を築くために不可欠な学びです。このテーマを通じて、生徒たちは身近な環境問題に目を向け、科学的な探究心、多角的な思考力、そして問題解決に向けた行動力を育むことができます。
本稿で紹介したアイデアが、先生方の授業実践の一助となり、未来を担う子どもたちが、生きものとのより良い共存社会を築くための第一歩を踏み出すことを願っています。