地域に潜む野生動物の痕跡を探る:フィールドサインから学ぶ共存のヒント
導入:見えない野生動物の存在を「感じる」共存教育
小中学校の先生方にとって、野生動物共存教育は、生徒たちが身近な自然と向き合い、持続可能な社会を考える上で重要なテーマです。しかし、実際に野生動物を間近で観察する機会は限られているため、授業での具体的なアプローチに悩むこともあるかもしれません。
そこで提案したいのが、「フィールドサイン」を活用した授業です。フィールドサインとは、野生動物が残した足跡、糞、食痕、羽、巣穴などの痕跡のことで、これらを「読み解く」ことで、その動物が「いつ、どこで、何をしていたか」を想像することができます。
このアプローチは、生徒たちが直接動物を見なくても、その存在を実感し、私たちの生活圏と野生動物の生活圏が密接に関わっていることを理解するのに役立ちます。本記事では、フィールドサインを通じた野生動物共存教育の実践的なアイデアと、授業を進める上でのポイントを紹介します。
フィールドサインとは何か?なぜ共存教育に役立つのか?
フィールドサインは、野生動物の「見えない証拠」です。例えば、泥に残された特徴的な足跡は、どのような動物がそこを歩いたのかを教えてくれます。木の実が不自然に食べられた跡は、誰かが食事をした証拠です。
これらの痕跡を追うことは、生徒たちにとって探偵のようなワクワクする体験となり、観察力、考察力、そして想像力を育む絶好の機会です。さらに、フィールドサインから野生動物の行動パターンや生息環境を読み解くことで、人間との生活圏との境界線や、遭遇時の適切な対応、共存のための環境づくりといった、具体的な共存のヒントへと繋げることができます。
授業実践アイデア1:校庭・学校周辺での「フィールドサイン探し」
身近な場所から始めることで、生徒たちは野生動物が遠い存在ではないことを実感できます。
目的
- 校庭や学校周辺に生息する野生動物の存在に気づく。
- フィールドサインの種類と特徴を学ぶ。
- 観察力や記録力を養う。
準備
- 事前学習資料の準備: 足跡や糞、食痕などの代表的なフィールドサインの写真をまとめた資料や、簡単な種類判別ガイド(学年レベルに合わせる)を用意します。
- 観察用具: 生徒一人ひとりに記録用紙(チェックリスト、スケッチ欄)、筆記用具、必要に応じてルーペやカメラ(スマートフォンでも可)を準備します。軍手や消毒用アルコールも用意すると安全です。
- 安全確認と下見: 事前に教員が活動場所を下見し、危険な場所がないか、観察できそうなサインがあるかを確認します。触れてはいけないもの(毒草など)や近づいてはいけない場所を特定しておきます。
手順
- 導入(10分): フィールドサインとは何かを説明し、なぜそれらを探すのか(野生動物の存在を知り、共存を考えるため)を伝えます。いくつかの代表的なサインの例を示し、生徒の興味を引きます。
- サイン探しの説明と注意点(10分): 観察の仕方(じっくり見る、触らない、記録する)と、安全に関する注意点(集団行動、危険な場所には近づかない、植物や動物に直接触れない、糞を見つけても素手で触らない、終わったら手洗い・消毒を徹底するなど)を詳しく説明します。
- フィールドワーク(30〜40分):
- 生徒をグループに分け、記録用紙を持って校庭や学校周辺でフィールドサインを探します。
- 見つけたサインは、記録用紙にスケッチしたり、写真に撮ったりします。どのようなサインか、どこで見つけたか、何だと予想するかを記録させます。
- 振り返り・共有(20分):
- 教室に戻り、各グループで見つけたサインを発表し合います。
- 先生は、見つかったサインが何の動物のものか、どのような意味を持つのかを補足説明します。
注意点と安全管理
- 特に糞や動物の死骸など、直接触れると感染症のリスクがあるものには、絶対に素手で触れないよう徹底指導します。軍手の使用、活動後の手洗い・消毒を義務付けます。
- 生徒が単独行動しないよう、教員が巡回し、生徒の安全を確保します。
- 蜂の巣や危険な植物など、事前に特定した危険物には近づかないよう注意喚起します。
授業実践アイデア2:フィールドサインから「物語」を読み解くディスカッション
見つかったサインを元に、さらに深く思考を巡らせる活動です。
目的
- フィールドサインから野生動物の行動や生態を想像する力を養う。
- 野生動物と人間の関わりについて多角的に考察する。
- 論理的思考力と表現力を高める。
準備
- 実践アイデア1で見つかったフィールドサインの写真やスケッチ。
- 必要に応じて、地域の野生動物に関する図鑑やウェブサイト。
- ディスカッションを促すための質問例(後述)。
手順
- 写真の提示(5分): 前回の活動で生徒たちが見つけた、特に興味深いフィールドサインの写真を数点ピックアップし、全体に提示します。
- グループディスカッション(20〜30分):
- 提示されたサインについて、グループで話し合わせます。以下の質問例を参考に、生徒に問いかけます。
- 「この足跡は、どんな動物が残したのだろう?」
- 「この動物は、なぜここにいたのだろう?何を探していたのかな?」
- 「この食痕は、どんなふうに食べられたのだろう?他にどんな動物が食べるのかな?」
- 「もしこの動物と出会ったら、どうすれば良いだろう?」
- 「この動物がこの場所で安全に暮らすために、私たちは何ができるだろう?」
- 先生は各グループを回り、ヒントを与えたり、議論を深めたりします。
- 提示されたサインについて、グループで話し合わせます。以下の質問例を参考に、生徒に問いかけます。
- 全体共有・発表(15〜20分): 各グループで出た意見や想像した「物語」を発表し合います。
- 先生からの補足と共存への視点(10分):
- 生徒の発表を受け、野生動物の生態に関する正確な情報(例えば、なぜその動物がそのサインを残したのか、その行動が持つ意味など)を補足説明します。
- その上で、「人間と野生動物が安全に、そして豊かに共存するためには、どのような視点や行動が必要か」という問いを投げかけ、共存に向けた具体的な行動(ゴミの管理、地域の自然環境への配慮など)へと意識を向かせます。
共存への視点:フィールドサインから考える
フィールドサインは、単なる動物の痕跡ではなく、その場所における生態系の「物語」を語っています。生徒がこれらのサインから読み取った情報を、さらに共存の視点へと結びつけましょう。
- 生息環境の理解: なぜその動物がその場所にいるのか、その場所が動物にとってどのような意味を持つのか(餌場、隠れ家、移動経路など)を考えさせます。
- 人間との関わり: その動物が人間の生活圏に近づく理由や、それがもたらす潜在的なメリットやデメリット(例:害虫を食べる、ゴミを漁るなど)について議論を深めます。
- 安全な距離の確保: 痕跡から動物の行動パターンを想像し、「もしこの場所で出会ったらどうするか」という具体的なシミュレーションを通じて、安全な距離の取り方や適切な行動を考えさせます。
- 環境への配慮: 動物が安心して暮らせる環境を保つために、私たちができること(ゴミの管理、不法投棄の防止、外来種の持ち込み抑制など)を考えさせます。
授業を成功させるためのヒント
- 地域の専門家との連携: 地域の自然保護団体、博物館、動物園、あるいは野生動物の専門家(獣医、研究者など)に協力を依頼し、授業での講話やフィールドサインの判別指導、教材提供などを依頼することを検討してください。
- 教材の活用: 地域の野生動物図鑑、環境教育のウェブサイト、野生動物の行動を記録した動画などを活用し、生徒の理解を深めましょう。
- 図鑑やアプリの利用: 生徒が自分でサインを調べられるよう、図鑑やスマートフォンアプリ(例:特定の動物の足跡や鳴き声が検索できるもの)の活用も有効です。
- 多角的な視点の提供: フィールドサインを通して、環境問題、生物多様性、地域の特性、歴史など、多様な教科やテーマと関連付けて授業を展開することで、より深い学びを促すことができます。
- 安全第一: 何よりも生徒の安全を最優先し、事前の準備と指導を徹底してください。
まとめ
フィールドサインを活用した共存教育は、生徒たちが自ら探求し、思考するプロセスを通じて、野生動物の存在をより身近に感じ、共存の課題と向き合うための実践的なアプローチです。直接動物を見ることが難しくても、彼らの残した痕跡から豊かな物語を読み解き、人間と野生動物のより良い関係を築くための第一歩となるでしょう。ぜひ、先生方の授業にこれらのアイデアを取り入れ、生徒たちの探究心を刺激してください。